アートの原動力や何たるか〜デビッドボウイがくれたもの〜

f:id:moku3004:20170118115912j:image

インフルエンザで倒れ自宅療養を強制された先週末、東京に勉強&デビッドボウイ展を見に行って来ました。

 

 

私をリアルで知る数人はご存知の通り、私はアーティスト無知なので(未だにエアロスミスレッチリの違いがわからないし興味もない)デビッドボウイが一体誰なのか全く知らずに行ったんですけどね。でも楽しめました。ただ単に美しかったです。

f:id:moku3004:20170118120121j:image

(このタペストリー売って欲しかったー。コバルトグリーンのジャケットに鮮やかなヘアメイクは春さながらでした。なんて美しいのかしら。デビッドボウイが何者か知らないけど。)

 

 

デビッドボウイ展を見終わり感じたこと、考えざるを得なくなったこと、それはつまり見つめずにいられなくなった自分の中のことは「アートの原動力」について。

 

 

はっきりとどういう表現だったかは忘れたのだけど確かデビッドボウイもアートへの入り口/つまり表現の入り口とは、所謂「生きづらさ」だったりしたみたい。(そんな風に感じた。違ったらごめん)なんか身内に精神科のお世話になったり自殺した人もいたそうで繊細な人だったのかなと思う。

 

 

ただ正直な話、所謂、自分の中の葛藤やそれこそ自分は何者であるかという自問から、「私はここにいる!」「私はこう考える!」というスタートとしてのアートはこれからの【私の】アートの原動力とは全く非なるものになっているのだと気付いたってニュアンスです。

 

 

つまり、今まで大前提として【私の中で】アートの原動力とは「私は誰!」「私はここにいる!」「私はこう考える!」「誰かわかってくれる人はいませんか!」「誰か繋がれる人はいませんか!」というものだったんだろうけど、例えそれが【自分の納得のいくカタチ(例えば似た感覚の人間と出会い、彼らに認められてそれが物質的、精神的豊かさになる等)】に帰結したとしても、自問と承認の永遠のループからは逃げられないわけで。

 

 

もっとペラく簡単に言うならば

私要するに

音楽やる気にならなくなったんですよね。笑。

音を紡ぐ原動力がない。無くなった。

全くない。皆無。

もう爆笑。

 

 

伝えたいことも別になくなってるし

わかって欲しいという気持ちもなくなった。

ただ毎日それはもうピースフルで、そしてこれはきっと人生の帰結点としては多分申し分ない状態のはずで。

 

 

そして気付く。

私の中のアーティストである/ありたいという原動力は先述したように「私は!」というチカラだったのだけど、自分の中の闇や葛藤を原動力にして音を紡いでいたのだけど、もうそうじゃない次元にいるんだと。

 

 

使命だと思ってたし

天命な気もしてた。

私からアートや音やアーティストであるというアイデンティティのようなものを奪われたら私は魂を抜かれたような抜け殻になる気がしていた。

まあきっと事実その抜け殻に私は足を半分突っ込んでいる。

そして怖い怖いと思ってたんだろうな。

今まで自分を確立していた(と思ってた)ものに違和感を持つなんてなんと恐ろしいことか!

そんな感じで頑張って見ないようにしてたけどデビッドボウイの半生に触れていよいよとうとう確実に気付いたんだろうと思う。

 

 

アートの原動力は

アーティストでありたいという原動力は

もう

「そうありたい」というパワーしか私は持ち合わせていないことに。

 

 

意味も何もない。

使命感も天命感も何もない。

確固たる、外界に対する「私はこれでしかない」という強さもない。

ゆるくてぬるい笑。

 

 

ただ、反面の意味で「こんなに何にも揺るがされない原動力/決意は他にはない」とも思ってる。

やりたいからやる。

超シンプルですね。

やりたくなくなったらやらないから確固たる「自分の看板」としては効力/説得力が減った気は些かしますけど。

 

 

このブログに何度も出てくる加納未樹というシンガーは本当に天才で、声という武器も類い稀なら/自分の想いを他者に「まるで自分がその景色/その温度/その感情の中にいる錯覚を体感させることが出来る」というスキルも驚異的だ。

 

 

私は、彼女こそもっと人前に出て歌って欲しいし、なんなら歌ってくれないことは世界の損失だとも思っている。彼女がいわゆる誰の目にも止まるJpop界に出て行ったら宇多田ヒカルが出てきた時同様に日本の音楽シーンは根底から震撼して「彗星の如く現れた本当の歌姫」とかいうキャッチコピーをつけられて、かつて私が宇多田ヒカルに助けられたように/今たくさんの若い子たちがback numberに自分達の淡く切ない恋心の昇華の一端を担ってくれていると救われるように、たくさんの若者や自身の生について路頭に迷う人の心に寄り添えると確信しているけど、

 

 

いかんせん彼女にその気がない。

もう笑っちゃうくらいにない。笑。

天才なのにない。爆笑。

私からしたらこれはもう本当に「世界の音楽の損失」くらいに重大な事件なのだけど、この件をもってしても本当に「メジャーシーンとはメジャーシーンにいたい人がいる」がいるだけの世界でしかないという天変地異のような事実を目の当たりにする。

 

 

いや、マジでメジャーシーンのシンガーのほとんどより加納未樹のほうが素晴らしいからね。彼女は「えぇ〜?メジャー?興味ないわ〜」とか言っちゃうけど。

 

 

なんなら大好きなEGGOREだってそうだ。とんでもないパワーを持ちながら彼らを知る人間は何人いるのか。もう、手挙げて。何人いるのか点呼とるから手挙げて。ってなると絶対西野カナには負ける。負けるよな。負けるなぁ。

 

 

なんだかそれが悔しくて「もう!もっとなんか!ユーチューブとかで発信しましょうよ!」とか「TV!TVに出ましょう!」とか思ってる。正直思ってる。TVに出るという発想が今更陳腐な気がするのはおいといても、もっと出ましょうよ!と思ってる。うん、実際すごく思ってる、勝手に。彼らからしたらただのお節介なことは百も承知で思ってる。

 

 

つまり「素晴らしいからどーのこーのと結果になる」以前に、ただ単純に「そうありたいからそうある」ということしかきっとこの世界には存在していない。

 

 

アーティストでありたいからアーティストである。

音楽やりたいから音楽やる。

ものすごーくシンプルなようなことに聞こえるけど、体感としてこれを経験したらびっくりする。「世界の適当さ」というか「え!そんなんでいいんですか?!」みたいなことにびっくりする。

 

 

料理の才能があるから料理人なわけじゃなくて

料理やりたい人が料理人なだけ。

音楽の才能があるから音楽人なわけじゃなくて

音楽やりたい人が音楽人なだけ。

 

 

ファッションコーディネートなんとか、ってやってる人いるけど彼らよりお洒落な人はごまんといる。

生き方なんとか、ってやってる人いるけど彼らより哲学や形而上学やら心理学やらに精通していて本も出してなければブログも書いてないけどほとんど知ってる人もごまんといる。

 

 

マジかー!って。

マジかー!ってなってる。

少し前から加納未樹の件を踏まえてなんとなく気づいてはいたんだけどね。

改めてデビッドボウイ展行って「自分の中のアートの原動力なくなったなぁ」を見つめ「てゆかアートの原動力て何?」ってなったらもう「え、やりたいしかないのか!」ゆーて。全てがそれだけか!ゆーて。

「誰かのために」も必要なくて。

ここまでか!ゆーて。

 

 

お洒落に長けた人がただお洒落を楽しんでる一方で、私の目から見て全然皆無に/木っ端微塵に、お洒落の「お」の字も感じられない人がお洒落を語っていることもある。

マジかー!ゆーて。

いやいやいや、マジかー!ゆーて。

 

 

世界ってすごく、適当だなって。

世界ってすごく、適当か!ゆーて。

おい、お前そんなに適当でいいんか!ゆーて。

アーティストとしての器というか/才というか、なんかそーゆーのじゃないんですか!?ゆーて。

いや、なんなら「これやりたい」「こうありたい」と選ぶ時点で「その人らしさやその人の才が示してくれているのよ」と表現することはできてもなんかもっと「その人らしさ」って人のチカラなんて及ばないところからの絶大なるパワーなんだと思ってたんだよね。

 

 

(まあこれは運命をどこまでの枠内とするかでまた認識は変わるんだろうけど。つまり「何やりたいかは自由」と表現して運命の外側へ向かえた=運命を変えたと感じても「これやりたいって思った時点で/方向転換した時点で自分の意志だと思ってるかもしれないけどそこさえ視えざるチカラの手の上で転がされている=運命の枠内の範疇である」ともしても、確認する方法なんてないのだけが現時点では確かだからこの考察は今回はスルー)

 

 

多分そうじゃなかった。

パワーを持つのはニンゲンの意志でしかなかった。

うわ、爆笑。

 

 

私はできるだけ彼女の歌をシェアしたい!みんなも聞いてくれ!とか思うけど彼女が「え〜嫌や〜(はあと)」と言ってしまえば彼女の歌声は秘密裏に、まるで秘教のように「知る人しか知らない」幻の傑作で終わる。

マジもったいねえー!とかどれだけ私が地団駄を踏んでもそれはもう仕方なくて、そして世界にはあらゆることに超絶長けているにせよ「ん〜でも私他のことしたい(はあと)」な人間で溢れてる可能性もあるんだろうなと。

てゆかそっちの可能性のほうがいよいよ強いな、と。

 

 

つまり何書いてるかよくわかんなくなってきたけど、要は「こうありたい」「これやりたい」こそが世界を作ってるだけなんやなってこと。

それを見つめてスキルを得たり感覚を研げばある程度までいけてもホームレスのおっちゃんの中にとんでもないシンガーがいる可能性もあると何周もして気付くとやっぱり私は世界のユルさに圧倒されずにいれない。

 

  

 

 

世界は!本当に!

私が思ってた以上に適当だ!

世界は全てにyesという。

「あ、それやりたいの?ok〜クルクル」

「あ、それにチェンジ?ok〜クルクル」

 

 

私達が何を選んでも世界は全てにyesと言う。

yesと笑ってクルクルまわる。

更に掘れば【やりたくないことを嫌々やってても】世界は全てにyesと言う。

世界はあなたにyesと言う。

「んん?それやりたいの?そっか〜....なんかしんどそうな顔してるけど....やりたいならいいよ!クルクル」

世界は私達の全てにyesで

世界は私達の全てを受け入れてクルクルまわる。

世界は私達に「こっちの方がよくね?」と声をかけてはくれない。

かけてくれるよと言う人がいたとしたら無意識にニンゲンがそれを求めてテレパシーかエネルギーかなんかを世界に宣言した時だけではないですか?と問い返そう。

 

 

パワーを持つのはニンゲンの意志だけで

それだけか!って。

良い意味でも悪い意味でもそれ以上でもそれ以下でもなく世界は全てにyesと言い続けるのか!

 

 

長けてるも長けてないも関係なく

才があるもないも関係なく

母親が「どー考えてもこの子は絵を描く才能あるわ!」と思ってもその子が「お母さん、ぼく、ぱんやさんになりたい」と言ったら「マジか!いや、お前画家やろ!どう考えても画家やろその才能!」と言わないように。(え、言わんよね?)

パン屋さんになりたい彼を受け入れて後押しするように。

 

 

世界はこんなにもヌルく

世界はこんなにもゆるく

世界はこんなにも優しく

「ん!ok〜クルクル」なだけだからこそ、僕らニンゲンの声こそが全てを創るのか。

 

 

というわけで、デビッドボウイが私に結果、くれたもの。それは「アーティストでありたい人がアーティストでいるだけだぴょん」から拡大して「世界は『これやりたい』だけで創られてて世界はそれ全てにyesと言う」というなんかもうユルすぎてユルすぎて、こっちが心配しそうになるくらいのユルさで、でもきっとこんなにも揺るぎない強さはもたないであろうという、世界の自由さでありました。

 

 

そしてつまり、とどのつまり、あなたよりあなたがしたいことについて長けた人間がいたとしても、覚えておいて欲しいのは

 

 

「あなたがこれやりたい」ってチカラこそが何よりも何よりも強くて、それが世界を創ってて、世界はそれを受け止めてくれる、やりたいってだけで受け止めてくれるくらいに「ゆるくてヌルい」言葉を美しくすれば「優しい」ってことなんだと思います。

 

 

毎回読んでくれてありがとうございますって思ってますが、今回ほどこんな適当な言葉の羅列に付き合ってくれてありがとうございましたと思うことはないです。ありがとうございます。感謝感激です。もう私はただのさちぴょんです。知ってたけど。アーティストでありたいからそうだし、言葉について興味津々だから言葉遣いでもあるかもしれないけど絶対的にはただのさちぴょんです。何も持ってない。何周も周って何周も巡って無であり無限。これ、ある意味怖いよなー。前もこれ書いたけど何度も人は周り巡り、そして腑に落としていくのだろう。

 

 

なんか途中から加納未樹とEGGOREに対するラブレターみたいになってるなと俯瞰しながら思ってたけど、結局は【これを読むみんなに対するラブレター】であり【自分に対するラブレター】なんだな。

 

 

何しても大丈夫。

やりたいだけが世界を創ってる。

世界はヌルいぞ!優しいぞ!

みんな口々に言っていることの、さらなる輪をかけた再確認てとこですね。

イェアー、エブリシング イズ オーライ〜〜

 

 

ついでに前書いた「アートとエンターテインメント」について付随させてまとめるなら結局

やりたいからやる

そうありたいからそうある

見つめる

潜る

やりたいからこそ他人が信じられないとこまで潜れる。

潜った先にやっぱり他人では見つけられない宝石を見つけてくる

それ持って浮上。周り驚く。

お前そこまで潜ったんか!すげえな!

みんな喜ぶ。

それが結果としてエンターテインメントになるだけ。

 

 

なりたいものになり、

こうありたいと思うものにあってくださいませ。

それだけが世界を創ってる。

 

 

PS:なんとなくうまくまとまってよかった!テヘペロ。