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体現

杢です◎お盆も終わって街には秋服がちらほら。皆さんはいかがお過ごしでしたか?

 

 

さて7月新月に「慢心と過信」を手放してからさらに軽やかになっている私ですが最近なんだかんだ思うのは「結局体現してるのかどうかがポイントになるなぁ」ってこと。

 

 

色んな方の色んな発信を見ていて例えばキラキラしてる人/楽しそうな人が多いなぁと思う中、気付いたのはキラキラが顔にオーラに出て服装に出て確実に綺麗に/イケメンに変わって行っている人達の存在。そう、どんどん目に見えて変わっていく人達。

 

 

みーんなそれぞれ、それは心系の人達もスピリチュアル系の人もミュージシャン友達もアーティスト友達も物事の新しい見方とか背中を押してくれる言葉とかそういうものをくれるけど最後の最後で【私が】感じる説得力は【体現している】てことなんだなと【私の中の設定】として感じています。

 

 

初めての恋人に言われたことがあります。当時私は大学1年生でブランドもののカバンなんて買うお金もありませんでした。そして同時にその頃の女の子のファッションは『小さなカバンとブランドの紙袋を一緒に持つ』と言うスタイルが多くて私もそれにもれずデートの時には小さなカバンとそりゃもう大事に大事にキレイにとってたブランドもの(ティファニーだったかなぁw)の紙袋を持ってたの。

 

 

あるデート中そういう格好をした他の女子を見た彼が「何で女ってブランドの袋持つの?あんなの『私にはブランドもの持つ価値があるのよ』って自分のこと見せびらかしたいだけだろ?」みたいなことを言ったんです。

 

 

その時はっきり思ったのは「そういう子もいるかもしれない。私も心の底の底ではそうなのかもしれない。でも

 

 

批判するなら私にブランドもの1つくらいプレゼント出来るようになってから言えよ。」

 

 

ってことでしたw

 

 

(ブランド批判もいいんです。色んな意見がありますからね。実際「自分の感覚どうのこうのじゃなく他人の目を気にしたブランド武装」の人もいるんだろうし、LVのカバンからGUCCIの財布が出てきてキーケースはYSLでコンパクトはシャネルでって下品だわ!とかもね、いいです。色んな意見あるもんね。)

 

 

当時の彼に確実に思ったこと。

今でもはっきり覚えてること。

「いや、ブランドもの買えもしないのに/つまり自分がそれを体現出来もしないのにつべこべ言うなんて私は格好悪いと思うなぁ」ってこと。

 

 

7月新月に私が手放した「慢心/過信」はつまりこういうことなんだなぁとつくづく思います。ペラく言うなら【口ばっか】てことw(ああ恥ずかしい!)例えばその「体現」は経済力だったり/支持してくれている人間の数だったり/美しさだったり/やってきたことの名誉だったり色々あるんだろうけど、自分のこと信じてるなら何かはカタチとなって輝いているはずよね、ってところ。でもそれは決して大げさなものではなくもう小さな小さな細部にからこそ現れると思ってます。それこそ笑顔にも着てる服のフィット感にも髪の艶にも何なら自撮りの角度にさえも。笑。

 

 

もちろんだからと言って「信用/説得力を得るために何か素晴らしい看板を持たなきゃ!体現しなきゃ!」となるとこれまたパワーバランスがおかしくなるから違うんです。「それらが全くないと信用/説得力に値しないわ〜」というのも極端過ぎるから違う。

 

 

◎発信者としての自分のスタンスは【体現】を意識する

◎受信者としては【体現が説得力になる】ことは自分の好みの1つとしてわかっておきつつ【それがないと信用の価値なしとは決め付けない】

くらいのスタンスです。全てのことは何もhave toではない。ただ、あれですよ、「私デザイナーです。」って人が服装ダサかったり髪の毛ボサボサやったり靴磨いてないとかなると「えっ」ってなるじゃないですかw本当にそういう小さいところにでも出ると思うなぁってことかな。have toじゃなくbetterってニュアンスかな。

 

 

イムリーにSMAP的に言うなら「no.1にならなくてもいい もともと特別なonly 1」なのでそのオンリーワンの花が【一番映える花瓶】に生けてあげようよってことで、なんなら手入れもちゃんとしてあげようよってことで。でそういう自分へのケアが笑顔になり/髪の艶になり/着る服になり/他人への眩しさになっていくのかなぁと、ね、思ってるわけです。

 

 

まあ少なくとも他人様どうこうの前に【自分は】発信者としては【体現する】ということを自戒として持っておきたいなぁって思っている次第です。どんな偉そうなこと言ったって/どんな美しい言葉を並べたって/どんなに経済力があったって最後の最後【あんな人になりたいなぁ】と思わせてくれる【魅力/引力】があるのかが【私にとってはポイント】かな。

 

 

(そしてなんならきっとその【体現している結果が多ければ多いほど説得力は比例する】とも【私は】思ってる。ただのお金持ちより美人でお金持ち/美人でお金持ちより美人でオシャレなお金持ちのほうが私は憧れポイント高くなってくもんw)

 

 

なんてことを最近考えてたら、私が素敵だなあと感じる方の1人:宇野ひろみさんからのメルマガにこんなタイムリーな言葉があったので最後に書いておきますね。

 

 

「もし【知っている】なら私は学ばない。

 

当たり前よね【知っている】んだから学ぶ必要がない。それは素晴らしく、そして実のところ馬鹿馬鹿しいので、差し引いて、特に何も残らない。

 

これが【知っている人は何も変わらない】ということ。

 

しかし私が【知らない】ならそれは特に素晴らしくはないので、てか【馬鹿】なのでそれだからちゃんと「今より」良くなれる。

 


【知らない人は、学び、成長する。 】

 


知っている馬鹿と知らない馬鹿。
成長するのは、「知らない」側の馬鹿。」

 

 

誰かのブログを読んで「あーわかる!」と思っても【私の中の自戒】としては「1を読んで1に納得しているレベルでは腑に落ちてはいないかもしれない」という危機感を持っていようということ。自分を冷静に見る危機管理ですね。【本当に腑に落ちていたら=体感で理解していたら0から1として自分で言葉にできるはず】だと思ってる。私は完全に【知ってる顔した馬鹿】でしたからね(恥)さてこれは、自分の言葉で書けるかな?なんならこれを体現できるかな?っていう自分の検証が答え合わせだと思ってます。

 

 

まあこの記事すら最後はやっぱり【私の感覚】でしかないのですがwでも【体現出来てるか出来てないか】って大きいと思うから。私ならやっぱりそばにいてもらうなら/自分がなるなら、美人がいいし/オシャレさんがいいもの。「そうじゃなきゃいけない」じゃなくて「そっちのほうが好き」ってこと。それならあなたなら何を選ぶ?周りの人に対しても/自分自身に対してもってだけなんだろうね。

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私のファンの一部の人達に、私よりも人気だった元マネージャー様に少し遅いお誕生日会をしてもらいました。彼もまた「体現し続けている」人の1人。彼は地位も名誉もそこそこあるのに「俺バカだからなぁ〜笑」と笑いながら学ぶことをやめない方です。ハイブランドには興味なくても身なりや持ち物は小綺麗で自分の【好き】が分かってる。分かってるだけじゃなくて体現してる。

 

 

しかも今回はお誕生日だったからオシャレ過ぎる夜景が見えるホテルのレストランだったけどグルメな彼は安くて美味しい焼肉や小汚いけど絶品のお寿司など色んな美味しいものを知ってるの。それはつまり【興味を追求してる】ってことだよね。自分の【好き】がわかってる。ほら、一緒に食事をするなら/楽しい話をするなら何も知らない男の子よりそんな人がいいのは当然じゃない?

 

 

そして自分もそういう素敵な人と/素敵な誰かと「一緒に仕事したい」「会いたい」「歌が聞きたい」と思われる人でいたいなって思います。

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プレゼントに頂いたパーカーのボールペンで書くのは体現に向けての楽しいチャレンジ(´ω`)

 

 

読んでくれてありがとう◎

 

 

PS:宇野さんの言葉勝手に書いちゃいけなかったらどなたか教えて下さいね。全力で謝ります。